全部やらなきゃ、のパニック
あれもこれも手をつけて、全部中途半端で、夜、「今日も何も進んでいない」と思う。あの感覚を知っている人に、読んでほしい。
組織の中で課題を洗い出すと、あっという間に何十個もリストアップされる。
「コミュニケーション不足」「評価制度が曖昧」「業務の属人化」「若手の離職」「部門間の連携不足」「会議が多い」「残業が減らない」……。
真面目なリーダーほど、これを見て「全部やらなきゃ」と思う。そして、片端から手をつける。施策を10個走らせる。どれも中途半端に進んで、どれも中途半端に止まる。
これは、努力の問題ではない。問題の扱い方の問題だ。
ボウリングの1番ピン
ボウリングを想像してほしい。
10本のピンが立っている。全部倒したい。でも、ボールは1球しかない。
このとき、右端のピンを狙う人はいない。左端のピンを狙う人もいない。1番ピン(先頭のピン)を狙う。
なぜか。1番ピンに正しく当てれば、連鎖的に他のピンも倒れるからだ。
組織の課題も同じだ。10個の課題が並んでいるとき、全部に同時に手をつける必要はない。他の課題を連鎖的に解消する「1番ピン」はどれかを見極めることが、最初の仕事だ。
この1番ピンのことを、このシリーズでは「センターピン」と呼んでいる。
センターピンの見つけ方
では、どうやってセンターピンを見つけるのか。
大事なのは、因果関係を遡ることだ。
たとえば、「若手の離職が多い」という課題がある。なぜ辞めるのか。「成長実感がない」から。なぜ成長実感がないのか。「上司からのフィードバックがない」から。なぜフィードバックがないのか。「上司自身がプレイングマネージャーで時間がない」から。なぜ時間がないのか。「マネージャーの業務が属人化していて、手放せるものがない」から。
こうやって「なぜ」を繰り返していくと、10個の課題の裏に共通する「根っこ」が見えてくる。
この例だと、「マネージャーの業務の属人化」がセンターピンかもしれない。ここを解消すれば、マネージャーに時間ができ、フィードバックが増え、若手の成長実感が生まれ、離職が減る。
一つのピンを倒すことで、ドミノのように他の問題が解消される。それがセンターピンの威力だ。
「できることからやる」の罠
ここで、一つ注意したいことがある。
よく聞くアドバイスに、「まずはできることから始めよう」というものがある。一見正しく聞こえる。でも、これはセンターピン思考とは真逆だ。
「できること」と「効果があること」は違う。
できることから着手すると、取り組みやすい周辺の課題から手をつけることになる。ボウリングで言えば、端のピンを1本ずつ倒しているようなものだ。1本は倒せても、連鎖は起きない。
もちろん、センターピンが簡単に動かせるとは限らない。でも、だからといって周辺のピンを10本倒しても、根っこは残ったままだ。
大事なのは、まずセンターピンを特定し、そこに向かって何ができるかを考えるという順序だ。「何ができるか」からスタートするのではなく、「何を動かすべきか」からスタートする。
「やらない」がセンターピンだったこともある
以前、ある大きな会社から「社内の仕組みを変えたい」という相談を受けたことがある。コンサルとしてはそれなりの規模の案件になる話だった。
でも、話を聞いていくと、ちょうどトップが交代したばかりで、会社としての方向性がまだ定まっていなかった。
仕組みは、方向性が決まって初めて設計できるものだ。方向が定まらないまま変えると、あとで丸ごとやり直しになる。
だから僕は、「今はやらない方がいい」と伝えた。
コンサルとしては売上になる案件を自ら止めることになる。社内での説明も必要だった。でも、その判断は間違っていなかったと思う。先方からも、「下手に動き出さなくてよかった」と後で言っていただけた。
この経験が教えてくれたのは、センターピンは「やること」だけではなく、「やらないこと」の中にもあるということだ。
100の施策を打つよりも、今やってはいけない1つのことを止める方が、結果的にインパクトが大きいことがある。それも、センターピン思考の一つの形だと思う。
センターピンは一つとは限らない
ここで補足しておきたい。
「1番ピンを見つけろ」と言うと、「唯一絶対の正解を見つけなければいけない」と感じるかもしれない。でも、そういう話ではない。
実際の組織では、複数の因果関係が絡み合っていて、センターピンが一つとは限らない。ある部分ではAが根っこで、別の部分ではBが根っこということもある。
大事なのは、完璧なセンターピンを見つけることではなく、「センターピンはどこか?」と問い続ける習慣を持つことだ。
この問いを持つだけで、「全部やらなきゃ」というパニックから抜け出せる。「全部じゃなくていい。今、最もインパクトのある一点はどこだ?」と考えられるようになる。
観察する力
センターピンを見つけるために、特別なフレームワークは要らない。
必要なのは、観察する力だ。
何が何に繋がっているかを観察する。あの問題とこの問題は、実は同じ根っこから生えているのではないかと疑う。「なぜ?」を3回繰り返す。
これは、分解の技術[※1]の延長線上にある。塊のまま見ていると、すべてが別々の問題に見える。でも、分解して因果を辿ると、根っこが繋がっていることに気づく。
そして、情報の非対称性[※2]が解消されているほど、この観察は正確になる。見えない情報があると、因果の地図に空白ができる。空白があるまま「これがセンターピンだ」と決めつけると、見当違いの一手を打つことになる。
まず見えるようにする。次に因果を辿る。そして、最もインパクトのある一点を狙う。 この順序が大事だ。
一点に集中する勇気
最後に、一つだけ伝えたいことがある。
センターピンを見つけることは、技術だ。でも、そこに集中することは、勇気だ。
「他の課題を放置していいのか」「あれもやらなくて大丈夫か」という不安は必ず出てくる。周囲から「あの問題はどうするんだ」と言われることもある。
でも、10本のピンに同時にボールを投げることはできない。1球を、最もインパクトのある場所に、全力で投げる。それが設計者の選択だ。
100の課題を解く必要はない。たった一つのセンターピンを、正確に倒せばいい。
