「何でも言っていいよ」が機能しない理由
1on1の場で「何でもいいから言ってみて」と声をかけた。部下は黙った。
「心理的安全性が大事だ」。ここ数年で、この言葉はすっかり定着した。チームの中で、誰もが安心して発言できる状態を作ろう。失敗を恐れずに挑戦できる環境を作ろう。
趣旨は正しい。でも、多くの組織で心理的安全性の施策として行われているのは、「何でも言っていいよ」と上司が宣言すること。そして、何も変わらない。
なぜか。
言っていいかどうかは、宣言では決まらない。言わないことが「損」になる構造があるかどうかで決まるからだ。
「勇気」に頼る設計の脆弱さ
「心理的安全性があれば、みんなが自由に発言する」。
この前提には、暗黙の仮定がある。発言する側に「勇気」が必要だ、という仮定だ。
「勇気を出して、思ったことを言ってみよう」 「失敗しても大丈夫だから、挑戦してみよう」
こうした呼びかけは、個人の「勇気」という不安定な要素に依存している。
勇気がある日は言える。勇気がない日は言えない。元気なときは言える。疲れているときは言えない。
個人の気分やコンディションに左右される仕組みは、構造ではない。 それは、精神論だ。
設計者は、精神論に頼らない。構造で解決する。
「言わない方が損」な仕組みを作る
では、どうすればいいか。
「言わないことが合理的でない構造」を作る。
たとえば、失敗が「バグ報告」として歓迎される仕組み。
記事05[※1]で書いた通り[※1]、設計者のスタンスは「人を責めない、構造を疑う」だ。失敗が報告されたとき、「誰が悪いか」ではなく「構造のどこにバグがあるか」を探す。
この文化が根付いていれば、失敗を報告しない方がリスクが高い。なぜなら、バグが放置されて、もっと大きな問題になるからだ。報告すれば、構造が改善される。報告しなければ、同じバグが繰り返される。
「報告する方が得」な構造。 これが、勇気を不要にする仕様だ。
情報の透明性が勇気を不要にする
心理的安全性の問題も、根っこは情報の非対称性にある。
「発言したら、どう評価されるかわからない」——評価の情報が非対称。 「失敗を報告したら、どんな反応をされるかわからない」——反応の情報が非対称。 「本音を言ったら、立場が悪くなるかもしれない」——結果の情報が非対称。
情報が見えないから、怖い。怖いから、勇気が要る。
逆に言えば、情報を透明にすれば、勇気は不要になる。
「発言しても評価は下がらない」と明示する。そして、実際に下げない。「失敗の報告は、構造改善として歓迎される」と明示する。そして、実際に歓迎する。
宣言だけではダメだ。宣言と実態が一致していることが必要だ。一度でも「言ったのに不利益を受けた」という経験があれば、二度と言わなくなる。
仕組みで安全を実装する
もう少し具体的に。
心理的安全性を「勇気」ではなく「仕組み」で実装する方法をいくつか挙げてみる。
① 匿名のフィードバック回路
名前を出さずに意見を出せる仕組み。「勇気を出して直接言う」のハードルを下げる。
② 失敗の共有セッション
定期的に「うまくいかなかったこと」をチームで共有する場を設ける。失敗を一人で抱え込まず、構造の改善材料として使う。
③ 問いかけベースの会議
上司が答えを持っている前提ではなく、「この問題について、どう思う?」と問いかける形式の会議。正解を求めるのではなく、視点を集める場。
いずれも、個人の勇気ではなく、構造が安全を担保している。
「勇気を出して言う」が不要になった瞬間
事業会社にいた頃、社内の働き方改革プロジェクトに関わったことがある。
最初は手探りだった。各部門から有志が集まったが、「何を変えればいいのか」もわからない。みんな遠慮がちで、発言も少ない。
でも、小さな成功体験が構造を変えた。
たとえば、朝礼の廃止。「毎朝全員集まって報告する」という慣習を、「必要なときだけ集まる」に変えた。大きな決断に見えるかもしれないが、やってみたら誰も困らなかった。むしろ、朝の時間に余裕ができて歓迎された。
この「やめても大丈夫だった」という実績が、次の提案を呼んだ。「言っても大丈夫」ではなく、「やってみても大丈夫だった」という実績が、次の勇気を不要にしたのだ。
面白かったのは、最後の方だ。最初は事務局が提案を引き出していたのに、終盤には各部門から「うちはこれを変えたい」と積極的に声が上がるようになった。
勇気で動いたのではない。「変えても壊れない」という実績が、構造として安全を証明した。 だから、勇気なしに動けるようになった。
「安全」は出発点であってゴールではない
最後に、一つ補足。
心理的安全性は、ゴールではない。出発点だ。
安全であること自体には、価値がない。安全であることで、人がWillを発揮できるようになることに価値がある。
安全なだけで誰も動かないチームは、安全だが停滞している。安全であり、かつ全員がWillを発揮しているチームが、理想の状態だ。
心理的安全性は、超伝導[※3]の前提条件だ。摩擦をゼロにするための、最も基本的なインフラ。
勇気に頼らず、仕組みで安全を作る。その安全の上で、全員がWillを発揮する。それが、設計者が目指す組織の姿だ。
