「何が問題なのかわからない」という問題
仕事で「何が問題なのかわからない」と感じたことはないだろうか。目の前にモヤモヤがある。でも、それを言葉にできない。言葉にできないから、動けない。
実は、この「わからない」には構造がある。
仕事でも、人間関係でも、人生の選択でも、問題を「塊」のまま扱っている限り、答えは見つからない。
今回は、この「分解する」という思考の技術について書いていく。
「分かる」の語源
日本語には、面白い構造がある。
「分かる」という言葉の語源は、「分ける」だ。
何かを理解するとは、それをバラバラに分けることだ。混然一体になっているものを、要素ごとに切り分けて、それぞれの正体を見る。そうやって初めて、人は「分かった」と言える。
逆に言えば、「分からない」というのは、「分けられていない」ということだ。
問題が大きくて手に負えないとき。何から手をつけていいかわからないとき。もやもやして言語化できないとき。それは、対象が塊のまま目の前にある状態だ。
だから、考える力とは、分ける力だ。
「時間がない」を分解する
身近な例で考えてみよう。
「時間がない」。
これは、ビジネスパーソンが最も頻繁に口にする言葉の一つだと思う。そして、最も「分解されていない」言葉の一つでもある。
「時間がない」を塊のまま扱うと、解決策は「もっと頑張る」か「何かを諦める」しかなくなる。筋トレ的な解決か、我慢か。どちらもこのシリーズでは推奨していないアプローチだ。
では、「時間がない」を分解してみる。
まず、「何に」時間がないのか。
全部に時間がないのか。特定のタスクに時間がないのか。それとも、「考える時間」がないのか、「作業する時間」がないのか。
次に、「なぜ」時間がないのか。
タスクの総量が多すぎるのか。一つひとつに時間がかかりすぎているのか。割り込みが多くて集中できないのか。そもそも「やらなくていいこと」をやっているのか。
こうやって分解していくと、「時間がない」という一枚岩の問題が、複数の小さな問題に変わる。
たとえば、「割り込みが多くて、企画書を書く時間が取れない」。これなら対処できる。午前中の2時間はチャットを閉じる。会議を火曜と木曜に集約する。それは構造(Nexus)の設計だ。
問題は、分解した瞬間に「扱える」サイズになる。 逆に言えば、分解しないまま悩んでいる限り、永遠に「時間がない」と言い続けることになる。
対立を分解する
均衡の設計[※1]とつなげて考えてみよう。
組織の中の対立は、たいてい塊のまま語られている。
「営業部と開発部の仲が悪い」。
これを塊のまま扱うと、「お互いを理解しましょう」「もっとコミュニケーションを取りましょう」という精神論にしかならない。飲み会でもやりますか、という話になる。
でも、分解してみるとどうだろう。
何が対立しているのか? 営業は「すぐに機能を追加してほしい」。開発は「品質を保つために計画通りに進めたい」。
なぜ対立しているのか? 営業がクライアントの要望を直接受けていて、それを開発に「そのまま」渡しているからだ。クライアントの「今すぐ欲しい」と、開発の「計画通りに作りたい」がぶつかっている。
対立の本当の原因は何か? 「営業と開発の仲が悪い」のではなく、クライアントの要望を優先順位付けして、開発の計画に組み込むプロセスがないことが原因だ。
ここまで分解できれば、打ち手が見える。優先順位を決める会議体を作る。要望を受けてから開発に渡すまでのバッファを設ける。クライアントへの「いつまでに対応します」という見通しを共有する仕組みを作る。
飲み会ではなく、構造で解決できる。
「分けてはいけない」という思い込み
ここで一つ、よくある誤解に触れておきたい。
「物事を分解すると、全体像が見えなくなるのではないか」という心配だ。
たしかに、分解しすぎて部分最適に陥るリスクはある。木を見て森を見ず、というやつだ。
でも、この心配には順序の間違いがある。
まず分解して、それぞれの要素を理解して、その上で全体を再構成する。 この順序が大事だ。
最初から「全体を俯瞰しよう」とすると、何も理解できないまま雰囲気で判断することになる。それは「全体を見ている」のではなく、「何も見えていない」のだ。
分解は、全体を見失うための行為ではない。全体をより深く理解するための行為だ。
料理を考えるとわかりやすい。美味しいカレーを作りたいとき、「カレーとは何か」を漠然と考えても何も進まない。でも、ルー、スパイス、肉、野菜、火加減、煮込み時間、と分解すれば、どこをどう改善すればいいかが見える。そして、分解したそれぞれを最適化した上で、もう一度「カレー」として統合する。
分解は、再構成のための準備だ。バラバラにして終わりではない。
感情も分解できる
分解の対象は、目に見えるものだけではない。
感情も、分解できる。
「仕事が辛い」。これは塊だ。分解しないと、「辞めるか我慢するか」の二択になってしまう。
でも、「辛い」を分解してみる。
何が辛いのか。仕事の内容か。人間関係か。時間の長さか。評価されないことか。やりたいことができないことか。
たとえば、分解した結果、「仕事の内容は好きだけど、上司とのコミュニケーションがストレスになっている」とわかったとする。そうなれば、「辞める」は正しい解ではないかもしれない。上司との関わり方を変える。報告の仕方を変える。あるいは、別の部署に異動する。
塊のまま「辛い」と感じていたときには見えなかった選択肢が、分解した瞬間に現れる。
これは別の記事で書いた「ハンドルを握る」話とも繋がる[※2]。人生のハンドルを握るためには、自分が何に対してどう感じているのかを、自分で分解できる必要がある。塊のまま「辛い」と感じている状態は、ハンドルを握れていない状態でもある。
分解の三つのレンズ
分解にはいくつかのアプローチがある。ここでは、よく使う三つの「レンズ」を紹介したい。
① 「何」と「なぜ」で分ける
表面的な現象(何が起きているか)と、その背後にある原因(なぜ起きているか)を分ける。先ほどの「営業と開発の対立」がこれだ。表面は「仲が悪い」。背後は「プロセスが不在」。
② 「誰」で分ける
「みんなが困っている」は、たいてい嘘だ。正確には、Aさんは困っているが、Bさんはむしろ今の状態を歓迎しているかもしれない。「誰が」「何に」困っているのかを分けると、本当に対処すべきポイントが見えてくる。
③ 「いつ」で分ける
時間軸で分解する。今すぐ対処しなければいけないことと、来月でいいことと、半年後に考えればいいことは違う。全部を「今」に積み上げるから「時間がない」になる。時間軸で分ければ、今日やるべきことは意外と少ないかもしれない。
この三つは、均衡の設計で書いた「対立の正体を特定する」ための具体的な道具だ[※1]。「何」「誰」「いつ」。この三つの問いを当てるだけで、塊は驚くほどバラバラになる。
「分ける」から始まる
このシリーズでは、何度も「構造を変える」と書いてきた。
でも、構造を変えるためには、まず構造が見えなければならない。見えるためには、分けなければならない。
分解は、設計者にとっての最も基本的な武器だ。
問題が大きすぎるとき。対立が解けないとき。もやもやが言語化できないとき。そのすべての入り口は、「まず、分けてみる」ことだ。
分けたからといって、すぐに答えが出るわけではない。でも、分けた瞬間に、「何がわかっていて、何がわかっていないか」がわかる。それだけで、次の一手が見えてくる。
分かる=分ける。 この等式を、一つの思考の癖にしてほしい。
