【Will&Nexus 47/49】まっすぐ来たつもりはない。でも、無駄な道はなかった。

ここからは、シリーズ最終章——第6部「ハッピーな未来への展望」に入る。組織と個人の設計について語ってきたこのシリーズの終わりに、僕自身の話を少しだけさせてほしい。

目次

まっすぐ来たつもりはない

振り返ると、僕のキャリアは一本道ではなかった。

コンサルタントとして社会人を始めた。でも、大学のときは教員を目指していた時期もあった。教壇に立つ仕事がしたくて転職もした。組織の設計に関わるようになり、事業会社で人事の責任者を務めた時期もあった。体調を崩しかけた時期もある。介護のために仕事を離れた時期もある。

履歴書に書くと、転職歴が多いと思われるかもしれない。「軸がない」「定まっていない」と見えるかもしれない。

正直に言えば、渦中にいる間は、自分でもそう思っていた。「また環境を変えるのか」「これでいいのか」「もっとまっすぐ進めたはずじゃないか」。

でも、今は少し違う見え方をしている。


「遠回り」の定義

「遠回り」とは何か。

それは、目的地に向かう最短ルートを外れることだ。

でも、この定義には前提がある。「目的地が明確であること」だ。

目的地がはっきり見えている人にとって、寄り道は確かに遠回りだ。東京から大阪に行くのに名古屋を通り過ぎて福岡まで行ったら、それは遠回りだと言える。

でも、目的地がわからないまま歩いている人にとって、そもそも「遠回り」という概念が成立しない

すべての道が、探索だ。

記事12[※1]で書いたWill[※1]は、「止められてもやめられないこと」だった。でも、Willが最初から明確に見えている人は少ない。多くの人は、いろいろな道を歩いてみて、「あ、これだったかもしれない」と後から気づく。

僕のWillが「メカニズムを解き明かして、それを人に伝えること」だと自分で言語化できたのは、ここ数年のことだ。それまでの20年以上は、言語化できないまま歩いていた。

でも、歩いていなければ、たどり着けなかった。


コンサルから教壇へ、教壇から組織へ

少し、具体的な話をしたい。

コンサルタントとして働き始めた頃、僕は組織の構造を分析することに面白さを感じていた。でも同時に、「伝えること」への欲求があった。クライアントに報告書を渡して終わるのではなく、目の前の人が「わかった」と変わる瞬間を作りたかった。

その欲求に従って、研修講師の仕事に飛び込んだ。記事05[※2]で書いた通り[※2]、最初は散々だった。先輩の型を真似て失敗し、自分のスタイルを見つけるまでに1年かかった。

講師としての手応えを掴んだ後、今度は「教える」だけでは物足りなくなった。研修で伝えたことが、組織に戻ると使えない。構造が変わっていないから。「伝えるだけじゃなくて、構造そのものを変えたい」。その欲求が、組織設計の仕事へと向かわせた。

事業会社で人事の責任者を務めたのも、コンサルとして外から提言するだけではなく、中から構造を変えたいと思ったからだ。

こうして書くと、一見きれいなストーリーに見える。でも、渦中にいる間は、こんなにきれいに繋がっては見えなかった。転職のたびに「これでよかったのか」と迷い、環境が変わるたびに「また一からか」と落ち込んだ。

点と点が線で繋がるのは、いつも後からだ。 歩いている最中は、ただの点にしか見えない。


停滞が教えてくれたこと

キャリアの中には、「進んでいない」時期もあった。

介護のために仕事を離れた時期。身体を壊しかけて、走れなくなった時期。次の一手が見えずに立ち止まっていた時期。

こうした時期を、当時の僕は「停滞」だと感じていた。周囲が進んでいるのに、自分だけ止まっている。時間が無駄になっている。焦りがあった。

でも、今振り返ると、あの停滞がなければ見えなかったものがある。

介護の時期には、記事33[※3]で書いた「定数と変数」の峻別を、身をもって学んだ[※3]。変えられないものに力を注ぐ虚しさと、変えられることに集中したときの静かな充実感。あれは、走り続けていたら体感できなかったことだ。

体調を崩しかけた時期には、記事04[※4]で書いた「余裕というインフラ」の大切さを痛感した[※4]。余裕がなくなるとどうなるか。判断が歪み、人への配慮が消え、大事なものを見落とす。あの経験がなければ、「余裕は贅沢品ではなくインフラだ」とは書けなかった。

停滞は、立ち止まっているように見えて、実は「深さ」の方向に進んでいた。 前には進んでいなかった。でも、下に掘り下がっていた。


不全はデータだった

このシリーズでは、「不全」という言葉を何度も使ってきた。組織の不全、個人の不全。何かがうまくいっていない状態。

僕のキャリアには、不全が山ほどあった。

提言が通らなかった。正しいことを言ったのに受け入れられなかった。身体を壊した。人間関係でうまくいかなかった。退職を選んだ。介護で仕事を離れた。

渦中にいるときは、どれも「失敗」に見えた。少なくとも、「うまくいかなかったこと」だった。

でも、今こうしてシリーズを書いていると、すべての不全が、このシリーズの設計図になっていることに気づく。

情報の非対称性について書けるのは、自分が評価の不透明さに苦しんだ経験があるからだ[※5]。センターピン思考について書けるのは、的外れな施策を打った経験があるからだ[※6]。繰り返される真因について書けるのは、自分自身が同じパターンを繰り返してきたからだ[※7]

不全がなければ、データがなかった。データがなければ、設計図が描けなかった。

遠回りも、停滞も、失敗も、すべてが「このシステムはここにバグがありますよ」というバグ報告だった。そして、バグ報告が十分に溜まったからこそ、システムの全体像が見えてきた。


「もったいなかった」は本当か

「あの時間がなければ、もっと早く今の場所に来れたのに」。

こう思うこともある。正直に言えば、ゼロではない。

でも、この思考は定数と変数の混同だ[※3]。あの時間は、もう定数だ。変えられない。そして、「もっと早く来れたのに」という仮定は、「今の自分と同じ視点を、当時の自分が持っていたら」という非現実的な前提に立っている。

当時の自分は、当時の情報と経験しか持っていなかった。その中でベストを尽くした。結果的に遠回りになったとしても、当時の自分にはあの道しか見えていなかった。

それを「もったいなかった」と言うのは、テストの答えを知った後に「なんであの問題を間違えたんだ」と言うようなものだ。それは、後知恵にすぎない。

遠回りを後悔するエネルギーがあるなら、遠回りで得たデータを使う方に回した方がいい。


地図を上から眺める

寄り道をしてきた人には、寄り道をしてきた人にしか描けない地図がある。

一本道を歩いてきた人の地図は、シンプルだ。AからBへの直線。でも、直線からは見えない景色がある。

寄り道をしてきた人の地図は、複雑だ。あちこちに分岐があり、行き止まりがあり、引き返した跡がある。でも、その地図には「この道は行き止まりだった」「この分岐は右の方がいい」という情報が詰まっている。

そして、十分な寄り道を経た後に地図を上から眺めると、あることに気づく。

すべての道が、今の自分に繋がっていた。

これは、結果論ではない。「だから遠回りしてよかった」というきれいな話にまとめたいわけでもない。渦中は苦しかった。迷っていた。もっとまっすぐ歩きたかった。

でも、その苦しさごと含めて、全部がデータだった。そう受け取れるようになったとき、不思議な平和が訪れる。

焦りが消えるわけではない。でも、焦りの質が変わる。「早く目的地に着かなきゃ」という焦りから、「今歩いているこの道も、いつかデータになる」という穏やかな覚悟に変わる。


今も寄り道の途中

正直に言えば、僕は今もまっすぐ歩けているわけではない。

父を見送り、母の介護を終え、一人になった今、次にどこへ向かうのかは、まだ模索中だ。このシリーズを書いていること自体が、模索の一部でもある。

でも、一つだけ確かなことがある。

この寄り道もまた、いつかデータになる。

それを知っているだけで、歩き続けられる。

もし今、あなたが「自分は遠回りばかりしている」と感じているなら、こう伝えたい。

あなたの寄り道は、無駄ではない。それは、あなたにしか描けない地図を作っている最中だ。そして、その地図が完成するのは、いつも後からだ。

だから今は、目の前の一歩を、自分のWillに従って踏み出してほしい。

遠回りの先にあるのは、後悔ではなく、平和だ。


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この記事を書いた人

慶應義塾大学大学院 理工学研究科 前期博士課程修了。

新卒から総合コンサルティングファームに入り、約6年ITや業務のコンサルを行う。研修会社に転職し、研修講師・企画等を行ったのち、人事領域全般に関わる、人材紹介会社グループのコンサルティングファームに。社内から組織や人材を良くしたいという希望から、事業会社で人事責任者などを経験。

趣味は多岐にわたる。断続的に続いているものだけでもゲーム(特にRPG, ドラクエシリーズ)、小さい頃から好きだった音楽(特に歌うこと)、社会人になってからフィットネスクラブ通い、コロナになってから始めた写真などは今も断続的に行っている。

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