完成形という幻想
ここまで読んできて、「組織の完成形を作りたい」と思った人がいるかもしれない。構造を見抜き、バグを修正し、センターピンを打ち、全員のWillが流れる仕組みを作る。そして、「完成」。
でも、残念ながら——あるいは幸いなことに——組織に完成形はない。
なぜなら、組織は機械ではなく、生き物だからだ。
生き物の「代謝」
生き物は、常に代謝している。
古い細胞が死に、新しい細胞が生まれる。食べ物を取り込み、エネルギーに変え、不要なものを排出する。この循環が止まったとき、生き物は死ぬ。
組織も同じだ。
人が入れ替わる。市場が変わる。技術が進む。顧客のニーズが変わる。競合の動きが変わる。
一度作った「最適な構造」は、環境が変われば最適ではなくなる。 だから、常に代謝し続ける必要がある。
記事14[※1]で「均衡は動的バランスだ」と書いた[※1]。自転車は走り続けているから倒れない。止まったら倒れる。組織も同じだ。
フィードバックループの自動化
代謝し続ける組織を作るためには、フィードバックループが必要だ。
フィードバックループとは、「結果を観測して、設計を修正して、また結果を観測する」というサイクルだ。
人間の身体には、このループが自動で動いている。体温が上がれば汗をかく。血糖値が下がれば空腹を感じる。いちいち意識して調整しなくても、身体が勝手にやってくれる。
組織にも、このループを実装できる。
たとえば、定期的な「不全の点検」。月に一度、「今、エネルギーが漏れている場所はどこか?」をチームで確認する。問題を見つけたら、構造を微調整する。また一ヶ月後に点検する。
たとえば、自動的に集まるバグ報告。記事45[※2]で書いた通り[※2]、失敗が自然に報告される仕組みがあれば、フィードバックは自動的に集まる。
設計者が毎回手動で点検しなくても、組織自身が不全を検知して修正するループ。 これが、代謝する組織だ。
不全は進化のサイン
ここで、不全に対する見方を一つ変えたい。
このシリーズの第1部では、不全を「解剖すべき問題」として扱った。境界線のズレ、時間軸のズレ、目的の消失、文脈の断絶、視座の欠如。
でも、不全が起きること自体は、必ずしも悪いことではない。
不全は、「今の構造が、今の環境に合わなくなり始めている」というシグナルだ。つまり、環境が変化しているということ。そして、環境が変化しているということは、組織が生きているということだ。
不全がゼロの組織は、二つの可能性がある。一つは、完璧に設計されている。もう一つは、変化を感知できなくなっている。
後者の方が圧倒的に多い。不全が見えないのは、不全がないからではなく、感知するセンサーが壊れているからだ。
不全を歓迎する。不全を「センターピンを打ち直すタイミングだ」というシグナルとして受け取る。 それが、代謝する組織のスタンスだ。
設計者が「次」へ移るリズム
代謝する組織には、設計者自身の代謝も含まれる。
一つのフェーズの設計を終えたら、次のフェーズに移る。今の構造が自走し始めたら、次の課題に向かう。
これは「飽きたから次に行く」ではない。組織の代謝のリズムに合わせて、設計者もステージを移動するということだ。
種を蒔いたら、芽が出るまで見守る。芽が出たら、水やりの仕組みを作る。仕組みが回り始めたら、次の畑を探しに行く。
設計者は、一つの場所に留まり続けるのではなく、リズムに乗って移動し続ける存在だ。
「次に行く」タイミング
僕自身のキャリアを振り返ると、転職のタイミングには一つのパターンがある。
途中で投げ出したことはない。どの会社でも、キリのいいところまではやった。仕組みを作り、動くことを確認し、自分がいなくても回る状態にしてから、次に移った。
では、何が「次」への引き金になったか。
自分の価値観と、会社の方針が異なると感じたときだ。
それは、会社が「悪い」という話ではない。方向性が違ったということだ。自分が「こうあるべきだ」と思う設計と、組織が進もうとしている方向が合わなくなったとき、そこに留まり続けることは、自分にとっても組織にとっても不健全だと判断した。
振り返ると、これは代謝のリズムそのものだった。一つのフェーズで自分の役割を果たし、構造を残し、次のフェーズに移る。設計者として組織の代謝を設計しながら、自分自身もまた代謝していた。
「辞める」と聞くとネガティブに聞こえるかもしれない。でも、僕にとっての転職は、代謝の一形態だった。古いフェーズを卒業し、新しいフェーズに移る。その繰り返しが、自分の設計力を磨いてきた。
生命体としての組織
このシリーズの第5部もそろそろ終わりに近づいている。
ここまでで、個人(第4部)と組織(第3部・第5部)をつなぎ、エゴの壁を溶かし、共通言語で配管を通し、機能を移管し、知恵を結晶化し、構造で安全を実装してきた。
それらすべてが統合されたとき、組織はどうなるか。
個人のWillが、構造を通じて、摩擦なく目的に届く。不全が起きても、自動的に検知され、修正される。設計者がいなくても、ハッピーが増幅し続ける。
それは、機械ではない。生命体だ。
環境に合わせて形を変え、不全を栄養に変え、自ら進化し続ける組織。
そんな組織を目指す旅の話を、次の第6部「未来への展望」で締めくくりたい。
