意志を持つと、ぶつかる
別の記事で、人生のハンドルを自分で握ることについて書いた[※1]。自分で選び、その結果を自分で引き受ける。それが「主体」を取り戻すということだ、と。
でも、ハンドルを握った瞬間、次の問題が現れる。
他の誰かも、ハンドルを握っているということだ。
自分にWillがあるように、相手にもWillがある。方向が同じなら問題はない。でも、違う方向を向いていたらどうするか。
ここで、人は二つの極端に分かれやすい。
一方には、「自分の意見を通すのはわがままではないか」と罪悪感を抱き、自分のWillを飲み込む人がいる。真面目な人ほど、このパターンに陥りやすい。気づいたら、記事13[※1]で書いた「助手席」にいつの間にか座っている。
もう一方には、「自分が正しいのだから」と、周囲のWillを踏み越えて突き進む人がいる。行動力がある人ほど、このパターンに陥りやすい。本人はハンドルを握っているつもりでも、同乗者を振り落としながら走っている。
どちらも、ハンドルの握り方を間違えている。
三つの「解決策」、三つのエネルギー漏れ
組織の中で、Willがぶつかったとき、人が取る対応は大きく三つに分かれる。
一つ目は、「我慢する人」。 自分のWillを押し殺して、周囲に合わせる。短期的にはチームの摩擦は減る。でも、我慢のエネルギーは消えるわけではない。溜まっていく。そして、ある日突然、燃え尽きるか、爆発するか、静かに離れていく。
二つ目は、「押し通す人」。 自分のWillを全面に出して、周囲を押し切る。本人は「ハンドルを握っている」つもりだし、実際に成果を出すこともある。でも、周囲のWillが踏みつぶされていることに気づいていない。短期的にはうまくいっても、長期的にはチームのエネルギーが枯渇し、周囲から人が離れていく。そして本人は「なぜ誰もついてこないのか」と首を傾げる。
三つ目は、「折衷案を探す人」。 お互いに少しずつ譲って、真ん中を取る。大人の対応だと言われる。でも、折衷案の本質は「両方が少しずつ不満を抱える」ことだ。どちらのWillも100%は叶わない。だから、誰も本気になれない、薄い合意ができあがる。
我慢、押し通し、折衷。どれを選んでも、どこかにエネルギーの漏れがある。
でも、この三つはどれも、「対立を前提にした上で、どう処理するか」の話だ。もう一つの道——そもそも対立を解消する構造を設計する道——はないのか。
均衡という考え方
僕は、この問題を「均衡」という概念で捉えている。
均衡とは、物理学で言うところの「力の釣り合い」だ。二つの力がぶつかっているとき、片方を押さえ込むのが我慢。片方が勝つのがわがまま。両方を弱めるのが折衷。
均衡は、どちらの力も弱めずに、釣り合う構造を設計することだ。
もう少し具体的に言おう。
Aさんが「新しい企画をやりたい」と思っている。Bさんが「既存の仕事をきちんと回したい」と思っている。これは一見、対立している。
我慢なら、Aさんが企画を諦める。わがままなら、Aさんが既存の仕事を放り出す。折衷なら、企画を半分のスケールに縮小して、どっちつかずで進める。
均衡なら、こう考える。
「Aさんの企画を実現する」と「既存の仕事を安定させる」は、本当に対立しているのか? 対立しているとしたら、それは何が原因で対立しているのか?
たとえば、対立の原因が「時間」なら、Aさんの既存業務を別の人に引き継ぐ仕組みを作れば、両方が成り立つかもしれない。対立の原因が「リソース」なら、企画のフェーズを分けて、既存業務と並行できるスケジュールを設計すればいいかもしれない。
つまり、AさんのWillもBさんのWillも殺さずに、両方が成立する構造を探す。それが均衡の設計だ。
オレンジの話
妥協と均衡の違いを、もう少し鮮明にしたい。
有名な例え話がある。AさんとBさんが、1個のオレンジを取り合っている。
妥協なら、オレンジを半分に切って分ける。公平に見える。でも、AさんもBさんも、本当に欲しかったものの半分しか手に入らない。
ところが、よく聞いてみると、Aさんが欲しかったのはオレンジの「果実」で、Bさんが欲しかったのはオレンジの「皮」だった。お菓子作りに使いたかったのだ。
この場合、半分に切る必要なんてなかった。Aさんは果実を丸ごともらい、Bさんは皮を丸ごともらえる。どちらも100%手に入る。
これが妥協と均衡の決定的な差だ。
妥協は、「取り合い」を前提にして、取り分を削り合うこと。 均衡は、「そもそも何が欲しいのか」を分解して、両方のWillが成立する構造を見つけることだ。
オレンジの話が教えてくれるのは、多くの対立は「同じものを奪い合っている」ように見えて、実は欲しいものが違うということだ。でも、それに気づくためには、「オレンジが欲しい」という表面的な主張の奥にある、本当のWillまで掘り下げる必要がある。
もちろん、どんなに掘り下げても本当に同じものを取り合っている場面はある。でも、最初から「削り合うこと」を前提にするのと、「分解すれば両立できるのではないか」と考えてから判断するのとでは、結果が全く違う。
大事なのは、まず均衡を探す思考習慣を持つことだ。
「自分のため」と「相手のため」は対立しない
均衡の設計において、最も重要な前提がある。
「自分のため」と「相手のため」は、本来、対立構造ではないということだ。
多くの人は、この二つを天秤にかけている。自分のために動けば相手の取り分が減る。相手のために動けば自分が我慢する。ゼロサムゲーム。誰かが得をすれば、誰かが損をする。
でも、ほとんどの場合、それはゲームの設計が間違っている。
たとえば、「部下のために時間を使う」ことを我慢だと感じるマネージャーがいる。自分のやりたい仕事の時間が削られる、と。
でも、よく考えてみてほしい。部下が育てば、自分がやらなくてよくなる仕事が増える。部下が自律すれば、自分はもっと面白い仕事に集中できるようになる。短期的には「相手のため」に見えることが、中長期的には「自分のため」にもなっている。
これは精神論ではない。構造の話だ。
「自分のため」と「相手のため」が対立して見えるとき、それはたいてい、時間軸が短すぎるか、構造が狭すぎるからだ。
時間軸を伸ばす。構造を広げる。そうすると、多くの対立は対立ではなくなる。
ギブ・アンド・テイクの均衡を診る
均衡を設計するために、一つ実践的な考え方を紹介したい。
ギブ・アンド・テイクの「全体」を診るということだ。
多くの人は、ギブ・アンド・テイクを「1回の取引」で考えている。「今日、自分がこれだけやったのに、相手は何も返してくれない」。そう感じると、不満が生まれる。
でも、人間関係はスポットの取引ではない。継続するものだ。
今日のギブが、明日のテイクとして返ってくることもある。それは金銭ではなく、信頼という形かもしれない。経験という形かもしれない。「あの人にはお世話になったから、次は助けよう」という、見えない貯金が積み上がっていく。
もちろん、これは「だから無限にギブし続けろ」という話ではない。
一方的に搾取されている構造は、均衡ではない。それは構造そのものがバグっている。
大事なのは、一つの取引だけを切り取って判断するのではなく、関係性全体を見渡して「この均衡は持続可能か?」を考えることだ。
もし均衡が崩れているなら、それは「相手が悪い」のではなく、「この関係の構造にバグがある」のかもしれない。設計者なら、人を責める前に構造を診る。
均衡は「静止」ではなく「動的バランス」
一つ、大事な補足がある。
均衡というと、「一度バランスが取れたら、あとは安定する」というイメージを持つかもしれない。でも、それは違う。
人のWillは変わる。組織の状況も変わる。市場も変わる。だから、一度設計した均衡が、ずっと機能し続けることはない。
自転車を想像するとわかりやすい。自転車は止まっていると倒れる。走り続けているからこそ、バランスが保てる。そして、風向きが変われば、身体の傾きを変える必要がある。
均衡の設計も同じだ。一度作って終わりではなく、常に微調整し続けるものだ。
「先月はこれでうまくいっていたのに、今月はうまくいかない」。それは均衡が壊れたのではない。環境が変わったのに、構造を更新していないだけだ。
設計者にとって、均衡は「達成するもの」ではなく「維持し続けるもの」だ。だからこそ、定期的に「この構造はまだ機能しているか?」と問い直す習慣が要る。
均衡を設計する三つのステップ
最後に、均衡を設計するための基本的なステップを整理しておく。
① 対立の正体を特定する
「AかBか」という対立が見えたとき、まずやるべきは「何が対立させているのか」を突き止めることだ。時間なのか、リソースなのか、情報なのか、感情なのか。対立しているのはWillそのものではなく、たいていその背後にある「制約条件」だ。
② 制約条件を構造で解消する
対立の原因がわかったら、それを解消するための構造を設計する。時間が足りないなら、タスクの配分を変える。リソースが足りないなら、外部の力を借りる。情報が偏っているなら、共有の仕組みを作る。ここが「飛行機を造る」と同じ発想だ。
③ 均衡の持続性を確認する
設計した構造が、一方だけに負担を集中させていないか。短期的にはよくても、長期的に破綻しないか。関係者全員のWillが、少なくとも「潰されていない」状態にあるか。それを確認する。
この三つのステップに共通しているのは、人を変えようとしていないということだ。変えるのは常に構造の方。それが、このシリーズで一貫して伝えてきた設計者のスタンスだ。
わがままでも我慢でもなく
自分のWillを飲み込んでいる人には、こう伝えたい。あなたの意志を大切にすることは、わがままではない。
自分のWillを押し通している人には、こう伝えたい。あなたの意志を大切にするのと同じだけ、相手の意志も大切にしてほしい。
自分のWillも、相手のWillも、どちらも殺さない構造を探す。それが、我慢でもわがままでもない「第3の道」だ。
意志を通すことは、相手と戦うことではない。互いのWillが釣り合うポイントを、構造の中に見つけることだ。
そしてそのためには、対立を「塊」のまま捉えるのではなく、細かく分解して、解決の糸口を探す技術がいる。
この「分解」という思考の武器については、別の記事で詳しく書いている[※2]。
