「一生懸命」は美徳か
「一生懸命やっています」。
これは、多くの組織で最も重要視される姿勢だ。遅くまで残っている人。休日も働いている人。「頑張っています」と胸を張れる人。
その姿勢は尊い。否定はしない。
でも、設計者として一つだけ問いたい。
その「一生懸命」は、成果に変換されているか?
10の力を注いで10の成果が出ているなら、効率は1倍だ。でも、1の力で100の成果を出す方法があるとしたら、効率は100倍だ。
「一生懸命」は投入量の話だ。設計者が見るべきは、変換効率だ。
非対称性(アシンメトリー)とは
記事20[※1]でセンターピンの話を書いた[※1]。「どこを狙えば連鎖が起きるか」——ポイントを特定する技術だ。
この記事では、その先にある問いに進む。特定したポイントに対して、どうやって力を増幅するか——つまり、レバレッジの設計だ。
物理学やビジネスの世界に、「非対称性」という概念がある。
入力と出力が比例しないことだ。
小さな力で大きな結果を出せるポイントがある。逆に、大きな力を注いでもほとんど結果が変わらないポイントもある。
てこの原理を想像するとわかりやすい。支点の位置次第で、小さな力で重い物を持ち上げられる。同じ力でも、てこの置き方で結果がまるで違う。
組織の中にも、こうした非対称性がある。
たとえば、評価制度の一つの基準を変えるだけで、全員の行動が変わることがある。100人に対して一人ずつ面談をするよりも、構造を一つ書き換える方が、はるかに大きなインパクトがある。
センターピンが「どのピンを狙うか」だとすれば、非対称性は「どう投げれば倒れるか」だ。狙う場所と、力の使い方。その両方が揃って、はじめて小さな力で大きな変化が起きる。
「歪み」は敵ではない
非対称性は、言い換えれば「歪み」だ。
均等ではない。公平ではない。同じ努力が同じ結果を生まない。
多くの人は、この歪みを「不公平だ」と感じる。でも、設計者にとって歪みは武器だ。
歪みがあるからこそ、小さな力で大きな変化を起こせる。
全部が均等な世界では、100の変化を起こすには100の力が必要だ。でも、歪みがある世界では、「力を加えるべきポイント」を見極めれば、1の力で100の変化が起きる。
センターピン[※1]の話を覚えているだろうか。ボウリングでセンターピンを的確に倒せば、残りのピンは連鎖的に倒れる。全部のピンを一本ずつ倒す必要はない。
これが、非対称性の活用だ。
「Excel一枚」でチームの残業が消えた
僕自身、非対称性を実感した経験がある。
ある会社で中途採用の実務を担当するチームに加わったとき、メンバーが毎日遅くまで残っていた。原因を見ると、応募者への対応が完全に「都度処理型」だった。応募が来たら、目の前にあるものを全部片付けてから次の日へ。採用管理ツールは使っていたが、「何を、いつまでにやるか」の基準がなかった。結果として、すべてが「急ぎ」になり、すべてに同じ力を注いでいた。
僕がやったのは、Excelで応募者管理表を一枚作ることだった。各応募者の対応状況を一覧化し、「応募から3日経過で現場にリマインド」「何日空いたらエージェントに連絡」といった対応ルールを明文化した。関数を組んで、遅れている案件が色で目立つようにした。
大掛かりなシステム導入ではない。Excel一枚と、ルールの言語化だけだ。
でも、これだけでチームの動き方が変わった。「今日やるべきこと」と「明日でいいこと」が明確になった。全部を今日片付けなければという焦りがなくなった。結果として、メンバーの残業が一気に減った。
全員の頑張りを増やしたのではない。構造を一つ入れただけだ。 これが非対称性だ。大きな力を注ぐ前に、「構造のどこに小さな歪みがあるか」を探す。その方が、はるかに少ないエネルギーで大きな変化が起きる。
「自分一人の限界」を超える
非対称性を活用するもう一つの方法がある。
自分以外のリソースを借りることだ。
自分一人でやれることには限界がある。一日は24時間しかない。体力にも限りがある。
でも、自分の判断や意志を「構造」に翻訳すれば、自分が動いていない時間にも、仕組みが動いてくれる。
たとえば、マニュアルを整備する。自分がいちいち教えなくても、マニュアルが教えてくれる。自分の時間は別のことに使える。
たとえば、チームメンバーの強みを把握して、適切に仕事を配置する[※2]。自分が全部やるのではなく、各人が最も力を発揮できる形に構造を組む。
設計者の仕事は、自分が手を動かすことではなく、手を動かさなくても回る構造を作ることだ。
知性というレバレッジ
「一生懸命」を「知性」に変換する。
これが、設計者にとっての非対称性の活用だ。
知性とは、「頭が良い」という意味ではない。「少ない力で大きな結果を出すためのレバレッジポイントを見つける能力」だ。
同じ8時間を使うなら、手作業で報告書を作る8時間と、報告書が自動生成される仕組みを作る8時間では、翌月以降のインパクトがまるで違う。
同じエネルギーを使うなら、全員に同じ指示を出す労力と、全員が自律的に動ける構造を作る労力では、3ヶ月後の組織の状態がまるで違う。
どこに力を注ぐかを選ぶこと自体が、設計者の最も重要な判断だ。
「一生懸命」への敬意を持ったまま
最後に、一つだけ。
「一生懸命やっている人」を馬鹿にする話ではない。
努力に価値がないのではない。努力の方向を最適化することに、もっと大きな価値があるという話だ。
同じ量の努力でも、非対称性を味方につければ、はるかに大きな成果が出る。成果が出れば、報われる感覚が生まれる。報われれば、また頑張れる。
非対称性の発見は、努力を報いやすくするための知恵だ。
まず、自分の仕事の中で「大きな力を注いでいるのに、結果が小さいこと」を一つ見つけてほしい。そして、「小さな力で大きく動くポイント」がないかを探してみてほしい。
その一つが見つかるだけで、仕事の景色が変わる。
