「自分でやった方が早い」という罠
マネージャーや中堅層に共通する口癖がある。
「自分でやった方が早い」。
気持ちはわかる。教える時間がもったいない。任せると品質が落ちる。結局、自分で手直しすることになる。だったら最初から自分でやった方が効率的だ。
短期的には、確かにそうだ。
でも、これは記事19[※1]で書いた「焼き畑」と同じ構造だ[※1]。今日の効率を取ることで、明日の効率を犠牲にしている。
「自分でやった方が早い」を続けると、何が起きるか。
自分のリソースが永遠に埋まり続ける。チームは育たない。自分が倒れた瞬間に、すべてが止まる。そして、自分にしかできない本当に価値のある仕事——戦略を考える、新しいアイデアを生む、大事な判断をする——に使う時間がなくなる。
二つの領域を分ける
ここで、自分の仕事を二つの領域に分けてみてほしい。
① 「誰でも同じ結果が出る」仕事
定型作業。ルーティン。手順が決まっていて、その通りにやれば誰がやっても同じ品質になる仕事。報告書のフォーマット作成。データの集計。定例会議の議事録。
② 「自分ならでは」の仕事
自分の経験、判断力、直感、人間関係によって、結果が大きく変わる仕事。重要な交渉。チームの方向性を決める判断。困っている部下との対話。新しいアプローチの発案。
この二つの境界線は人によって違うし、スキルが上がるにつれて変わる。でも、多くの人が①に時間を取られすぎていて、②に十分な時間を使えていない。
仕組み化は「コストカット」ではない
「①を仕組みに任せよう」と言うと、「効率化」「コストカット」のイメージが浮かぶかもしれない。
でも、ここで言いたいのは違う話だ。
①を仕組みに任せるのは、②に集中するための「投資」だ。
コストカットは「出ていくものを減らす」発想。投資は「入ってくるものを増やす」発想。
「誰でもできる仕事」を仕組み化するのは、自分を楽にするためではない。自分を「代えのきかない価値」に集中させるためだ。
自分の時間は有限だ[※2]。その有限な時間を、どこに配分するか。これは、設計者にとって最も重要な「資源配分の設計」だ。
「自分のキャラ」を出す余白
もう一つ、大事な視点がある。
仕組み化によって生まれた時間は、自分のキャラクターを出すための余白になる。
記事17[※3]で書いた「信頼の複利」[※3]を思い出してほしい。信頼は「あの人ならではの価値」から生まれる。定型作業を完璧にこなすことからは、信頼は生まれにくい。
「あの人に相談すると、思ってもみなかった視点をもらえる」「あの人がチームにいると、雰囲気が変わる」「あの人の判断は、いつも的確だ」。
こうした「自分ならでは」の価値は、余白がなければ発揮できない。定型作業に追われて一日が終わる生活では、自分のキャラクターを出す隙間がない。
仕組みが「誰でもできること」を引き受けてくれるから、自分は「自分にしかできないこと」に力を注げる。 それが、戦略的ROI(投資対効果)の本質だ。
手放した瞬間に、見えた景色
僕自身、「自分でやった方が早い」の罠にはまっていた時期がある。
転職で事業会社に移ったとき、自分にとって未知の領域を複数同時に任された。損害保険、オートローン、業務システム——どれも自分の専門外だった。最初は、全部を自分で理解しようとした。資料を読み込み、会議に出て、一つひとつキャッチアップしようとした。
でも、すぐに限界が来た。一人で全領域をカバーするのは物理的に無理だった。何より、各領域にはすでに経験豊富なメンバーがいた。彼らの方が、僕より遥かに詳しい。
ある時点で、「全部自分で把握する」を手放した。各領域の判断はメンバーに委ね、自分は全体の方向性を揃えることに集中した。
最初は怖かった。「自分が詳細を知らないまま判断していいのか」という不安があった。でも実際には、メンバーに任せた方が各領域の精度は上がった。そして僕は、領域横断の設計——本来自分がやるべき仕事——にようやく時間を使えるようになった。
「自分でやった方が早い」は、今日の効率の話だ。「任せて余白を作る」は、明日の価値の話だ。 そして多くの場合、任せた方が「今日の精度」も上がる。
「誰でもできる仕事」への敬意
ただし、ここで大事なことがある。
「誰でもできる仕事」を軽視してはいけない。
定型作業が正確に回ることは、組織にとって欠かせないインフラだ。目立たないが、なくなると全体が止まる。
仕組み化とは、その仕事の価値を認めた上で、「人がやるべき仕事か、仕組みが担うべき仕事か」を設計し直すことだ。
人にしかできない判断、感情、創造性が求められる仕事は、人がやる。手順が明確で再現性がある仕事は、仕組みが担う。
これは「人を減らす」話ではない。人を「人にしかできないこと」に集中させる話だ。
記事05[※4]のペンギンと飛行機の話と同じ構造だ[※4]。苦手なことを気合でカバーするのではなく、仕組みで補う。
まず一つ、手放してみる
最後に、実践的な提案を一つ。
今週の自分の仕事の中で、「手順を書けば、他の人でもできそうなこと」を一つ見つけてほしい。
見つけたら、実際に手順を書いてみる。そして、誰かに任せてみる。あるいは、ツールで自動化してみる。
手放した時間で、何をするか。「自分にしかできないこと」をやる。
その一つの積み重ねが、設計者としてのROIを確実に上げていく。
