「任せる」が怖い人へ
「任せたら、品質が下がる」「任せたら、締め切りに間に合わない」。こうした恐れを持っている人は多い。
気持ちはわかる。自分でやれば確実だ。自分でやれば、自分の基準を保てる。僕自身、そう思っていた時期がある。
でも、あるとき気づいた。その仕事は、本当に自分にしかできないことだったのか。振り返ると、そうでもなかった。
全部自分でやることは、設計者としては「設計ミス」だ。
なぜか。
設計者の仕事は、自分が手を動かすことではない。自分の力だけでは届かない範囲まで、影響を届けることだ[※1]。そのためには、自分以外のリソースを使う必要がある。
「丸投げ」と「座席設計」は違う
「任せる」と聞くと、「丸投げ」を想像する人がいる。
「これやっといて」と渡して、結果だけを見る。うまくいけばOK、いかなければ叱る。
それは丸投げであって、設計ではない。
僕が言う「任せる」は、座席を設計することだ。
バスを想像してほしい。行き先は決まっている。乗客もいる。でも、誰がどの席に座るかで、旅の質がまるで変わる。
運転が得意な人をドライバーの席に。ナビゲーションが得意な人を助手席に。盛り上げるのが得意な人を後部座席に。それぞれが最も力を発揮できる場所に配置する。
適材適所とは、人を評価することではない。人と座席の組み合わせを設計することだ。
「得意」と「好き」の見分け方
座席を設計するためには、乗客の特性を知る必要がある。
ここで注意したいのが、「得意なこと」と「好きなこと」は必ずしも一致しないということだ。
記事12[※2]でWillの話を書いた[※2]。止められてもやめられないことがWillだ。それは「好き」に近い。
一方、「得意」は「やれば成果が出ること」だ。好きではないが得意なこともある。好きだが得意ではないこともある。
座席設計で優先すべきは、まず「得意」、次に「好き」だ。
得意なことをやっている人は、少ないエネルギーで大きな成果を出せる。エネルギー効率がいい。さらにそれが好きなこと(Will)と重なっていれば、最強だ。
逆に、苦手なことを頑張っている人は、大きなエネルギーを使って小さな成果しか出せない。摩擦が大きい。本人も苦しいし、チームの効率も落ちる。
自分の「座席」も設計する
これはチームの話だけではない。
自分自身の座席も、設計の対象だ。
自分が全部やるのではなく、「自分はどの座席に座るべきか」を考える。
自分は戦略を考えるのが得意なのか。実行するのが得意なのか。人をまとめるのが得意なのか。一人で深く考えるのが得意なのか。
自分の得意な座席に座り、苦手な領域は別の人や仕組みに任せる。これは記事05[※3]のペンギンの話と同じだ[※3]。苦手なことを克服するのではなく、得意なことに集中できる構造を作る。
記事44[※4]で「全部わかっていなくても回る」という発見について書いた[※4]。自分が全部を把握していなくても、それぞれの座席に適切な人が座っていれば、組織は回る。むしろ、回り方が良くなることもある。
「決まった仕事」だけに座らせなかった理由
一つ、座席設計の経験を書いておきたい。
事業会社にいた頃、自分の部門で若手メンバーを採用したことがある。事務系の経験からの転職で、最初は定型的なオペレーション業務を中心に担当してもらう想定だった。
でも、一緒に仕事をしてみると、単に決まった手順をこなすだけの座席に座らせるのはもったいないと感じた。採用時からその可能性は感じていたが、本人の中に「仕組みを良くしたい」という意志が見えた。
だから、オペレーション業務は一定やってもらいつつも、採用業務の一部を手伝ってもらったり、業務改善を考えてもらう座席も用意した。定型作業だけの座席に固定するのではなく、本人の可能性が広がる座席を設計した。
正直、僕が在籍している間に目に見える大きな成果が出たわけではない。でも、その後彼女は業務改善の方向で実績を積み、別の会社に転職して、一人目のバックオフィスとして活躍していると聞いた。
あの座席設計が正解だったかどうかは、僕にはわからない。でも、「この人は何ができるか」ではなく「この人は何になれるか」を見て座席を設計することが、結果的にその人のWillを引き出すことに繋がったのではないかと思っている。
「任せる」は信頼の構造化
任せることの本質は、信頼を構造に変換することだ。
「あなたを信じている」と口で言うだけでは、任せたことにならない。
信頼を構造に変換するとは、こういうことだ。
「この範囲の判断は、あなたに権限がある」と明確にする。「困ったときはここに相談してほしい」というセーフティネットを用意する。「結果は、このタイミングで、この形で共有してほしい」と合意する。
これだけで、任せる側も任される側も安心できる。
任せることに必要なのは、勇気ではなく、構造だ。
最も美しいコース
ボウリングに戻ろう[※5]。
一人で投げ続ければ、腕は疲れる。精度も落ちる。
でも、最適なフォームで、最適な角度で、最適なスピードで投げられる人がチームにいたら、その人に投げてもらった方がいい。自分は、ピンの配置を読む役に回ればいい。
設計者は、最も美しいコースを自分で投げる人ではない。最も美しいコースを設計して、最適な人に投げてもらう人だ。
何でも自分でやるのは、設計を放棄しているのと同じだ。
自分の得意な座席に座り、チームの全員がそれぞれの得意な座席に座る。その構造を設計することが、設計者の仕事だ。
