見えない荷物
ある時期から、僕は自分の「重さ」に気づき始めた。
身体の重さではない。頭の中の重さだ。
何かを決めるとき、いつも頭の中に「もう一人の自分」がいた。「それで本当にいいのか」「もっと良い方法があるんじゃないか」「周囲はどう思うか」。
判断に迷っているわけではない。最善手は見えている。でも、その手を打つ前に、何重ものフィルターを通さないと気が済まない。そのフィルターを通すたびに、エネルギーが消耗していく。
別の記事で、自分の中にある「古いOS」の話を書いた[※1]。「成果を出さなければならない」「期待に応えなければならない」「もっと上を目指さなければならない」。
あの三つの「ねばならない」は、まさにこのフィルターの正体だった。
今回は、このフィルター——無意識のうちに自分を縛っている「べき」のプログラム——を、もう少し深く掘り下げてみたい。
ブリーフシステムという名の鎧
心理学やコーチングの分野で、「ブリーフシステム」という概念がある。
信念体系。自分が「世界はこういうものだ」「自分はこういう人間だ」と信じている一連のプログラムのことだ。
「リーダーは弱みを見せてはいけない」。「結果を出さない人間には価値がない」。「他人に頼ることは甘えだ」。
これらは、たいてい意識して持っているわけではない。長年の経験の中で、知らず知らずのうちにインストールされている。そして、あまりにも自分の一部になっているから、それが「プログラム」だと気づかない。空気のように当たり前すぎて、見えない。
ここがポイントだ。
ブリーフシステムは、本人にとっては「当たり前」だから、問題だと認識されにくい。
「結果を出さなければ価値がない」と思っている人にとって、それは常識だ。問題は、その「常識」が自分の判断や行動を制限していることに気づけないことだ。
記事30[※1]でも書いたが、自分の「ダメなところ」だと思っている多くのことは、実はハードウェア(性格)の問題ではなく、このソフトウェア(ブリーフシステム)の問題だ。
「正しいリーダー像」という鎧を脱ぐ
一つ、身近な例を挙げよう。
「リーダーはこうあるべきだ」という像を持っている人は多い。
堂々としていて、決断力があって、部下に慕われて、結果を出す。そういう「正しいリーダー像」がある。テレビや本で見るリーダーの姿。上司の背中。成功した先輩の姿。それらが積み重なって、一つの「こうあるべき姿」が形成される。
でも、この「リーダーはこうあるべき」が鎧になっているとき、何が起きるか。
自分の特性とリーダー像が違うとき、苦しくなる。内向的な人が「リーダーは外向的であるべきだ」と思い込んでいたら、毎日が摩擦だ。慎重な人が「リーダーは即断即決すべきだ」と信じていたら、自分を責め続ける。
記事05[※2]で、ペンギンに「空を飛べ」と言う残酷さについて書いた[※2]。ブリーフシステムは、自分で自分にペンギンに空を飛べと言い続けている状態を作り出す。
鎧を脱ぐとは、「リーダーとして無責任になれ」ということではない。自分の特性に合ったリーダーシップの形を、自分で設計し直すということだ。
「記号」を外してみる
もう少し広い話をしたい。
ブリーフシステムは、「べき」だけでなく、自分に貼っているラベル(記号)にも潜んでいる。
「マネージャーとはこういうものだ」「コンサルタントとはこういうものだ」「40代のビジネスパーソンとはこういうものだ」。
こうしたラベルは、自分のアイデンティティの一部になっている。だから、それを外すことには抵抗がある。でも、ラベルが自分を縛っていることもある。
僕自身にも、こういう経験があった。
あるイベントに参加したときのことだ。そこでは、普段の肩書きや立場を一旦置いて、一人の人間として対話する場が設けられていた。
最初は居心地が悪かった。名刺も肩書きもない状態で人と話す。「自分は何者か」をラベルなしで語らなければいけない。
でも、しばらく話していると、不思議な解放感があった。「コンサルタントの石野」でも「事業責任者の石野」でもなく、ただの「石野敬祐」として話す。そのとき、自分が普段どれだけラベルに寄りかかっていたかに気づいた。
ラベルは便利だ。自分を説明する手間を省いてくれる。でも同時に、ラベルに合わない行動を自分に禁じてしまう。マネージャーらしくない発言はしづらい。コンサルタントらしくない感情は出しにくい。
記号を外してみると、自分の中に眠っていた「ラベルに合わないWill」が見えてくることがある。
荷物を降ろすコストメリット
「でも、べきやラベルを手放すのは怖い」。
そう思う気持ちは、よくわかる。
ブリーフシステムは、かつての自分を守ってくれたものだ。「結果を出さなければ価値がない」というプログラムがあったからこそ、必死に頑張れた。「弱みを見せてはいけない」と思っていたからこそ、踏ん張れた場面もある。
記事30[※1]で書いた通り、OSの更新は過去の自分を否定することではない。かつて必要だったプログラムが、今の自分には合わなくなっている。ただそれだけだ。
では、降ろすメリットは何か。
エネルギーが解放される。
「〜すべき」というフィルターは、判断のたびにエネルギーを消費する。「この選択はリーダーとしてふさわしいか」「この発言はプロフェッショナルとして適切か」。そのチェック機能が、一日に何十回、何百回と走っている。
フィルターが減れば、その分のエネルギーが浮く。判断が速くなる。思考がクリアになる。新しいことを試す余裕が生まれる。
物理学で言えば、空気抵抗が減った状態だ。同じ推進力(Will)でも、抵抗が少なければ、より遠くまで届く。
更新の手順
では、具体的にどうやってOSを更新するのか。
記事29[※3]で書いた「自分をデバッグする」方法[※3]を、ブリーフシステムに特化して書き直してみる。
ステップ①:「べき」を書き出す
自分の中にある「〜すべき」「〜でなければならない」を、とにかく書き出す。仕事のこと、人間関係のこと、自分自身のこと。何でもいい。紙に書いてもいいし、スマホのメモでもいい。
大事なのは、書き出した瞬間に、それが「当たり前」ではなく「プログラム」だと見えるようになることだ。空気だと思っていたものが、目に見える形になる。
ステップ②:出どころを辿る
書き出した「べき」のそれぞれについて、「いつ、どこでインストールされたか」を考えてみる。
「結果を出さなければ価値がない」は、いつからそう思い始めたか。受験のとき? 最初の就職先? 特定の上司に言われた言葉?
出どころが見えると、「これは普遍的な真理ではなく、特定の環境で身につけたプログラムだ」とわかる。そうなれば、「書き換えてもいい」と思えるようになる。
ステップ③:今の自分に聞く
「そのプログラムは、今の自分にとってまだ必要か?」
かつては必要だった。でも、今も必要かどうかは別問題だ。環境が変わった。自分が成長した。使えるリソースも、周囲の人間関係も変わった。
今の自分にとって不要なプログラムなら、アンインストールしていい。完全に消す必要はない。優先度を下げるだけでも、十分に軽くなる。
一人では見つからないこともある
一つ、正直に言いたいことがある。
ブリーフシステムの厄介なところは、自分では気づけないものが多いということだ。
空気のように自分を取り巻いているから、「これがプログラムだ」と認識するのが難しい。「結果を出さなければ価値がない」と思っている人にとって、それは事実であって思い込みではない。
だからこそ、記事29[※3]で書いた「外部センサー」が大事になる。自分とは違うレンズを持っている人に、自分を映してもらう。
僕自身、自分のブリーフシステムに気づいたのは、一人で内省した結果ではなかった。外からの視点があって、初めて「これは当たり前ではなく、プログラムだったのか」と気づけた。
コーチでもいい。信頼できる同僚でもいい。家族でもいい。自分の「べき」を客観的に映してくれる存在は、OSの更新において最も価値のあるリソースだと思う。
軽くなった先に
OSを更新しても、劇的な変化が起きるわけではない。
翌朝目覚めたら別人になっている、なんてことはない。
でも、少しずつ変わることがある。
判断するときの迷いが、ほんの少し減る。「こうすべきだ」ではなく「こうしたい」で動ける瞬間が増える。人の目を気にするエネルギーが減って、その分だけ自分のWillに注げるエネルギーが増える。
「〜すべき」を降ろした分だけ、「〜したい」が見えるようになる。
それは、設計者にとっての最も大事なアップデートだ。なぜなら、設計者が設計するための起点は、常にWillだからだ[※4]。自分のWillが、「べき」のノイズに埋もれていたら、正しい設計はできない。
まず、自分の中の「べき」を一つだけ、見つけてみてほしい。そして、それが本当に今の自分に必要かどうか、問いかけてみてほしい。
その一つを降ろすだけで、あなたのOSは確実にアップデートされる。
