「正しいのに、通らない」
コンサルタントとして仕事をしていた時期、ある金融系のプロジェクトに入ったことがある。
プロジェクトの進め方に構造的な問題があった。このまま進めると手戻りが発生する。そう見えていた。だから、プロジェクトのリーダーに「このプロセスには問題がある」と伝えた。根拠も示した。データもあった。論理的には、正しかったと思う。
でも、通らなかった。
リーダーには、リーダーの事情があった。スケジュールのプレッシャー。上からの期待。チーム内のバランス。僕が見ていた「構造の問題」は事実だったが、リーダーにとっては「今さら方針を変えるコスト」の方が目の前の現実だった。
結局、プロジェクトは予想通り手戻りになった。「ほら、言った通りだ」と思った。
でも、今振り返ると、あのとき僕が間違えていたのは分析ではなかった。伝え方だった。
正論が弾かれる構造
記事21[※1]で、施策が空振りする三つの原因について書いた[※1]。視点のズレ、軌道のズレ、衝撃のズレ。
あのプロジェクトの僕は、視点は合っていた。軌道も問題なかった。衝撃がズレていたのだ。
正しいことを、正しい言葉で伝えていた。でも、相手の言葉には翻訳できていなかった。
衝撃のズレとは、ボウリングで言えば、ボールのスピードは十分なのに相手に当たっていない状態だ。正論を投げている。でも、相手のレーンに乗っていない。
なぜこうなるのか。
多くの場合、正論を伝える側は、「内容が正しければ、伝わるはずだ」と思っている。ロジックが通っていれば、相手も同じ結論に至るはずだ、と。
でも、人間はロジックだけでは動かない。ロジックに加えて、「自分にとっての意味」が見えたときに、初めて動く。
「相手の文脈」に潜り込む
ここで言う「翻訳」とは、お世辞を言うことではない。迎合することでもない。
相手がどんな文脈の中にいるかを理解し、その文脈の中で自分の提案がどう位置づけられるかを伝え直すことだ。
先ほどのプロジェクトの例で言えば、リーダーの文脈はこうだった。「スケジュール通りに進めることが求められている」「チームに不安を与えたくない」「上からの信頼を維持したい」。
僕が伝えたのは、「プロセスに問題がある」という事実。でも、リーダーの文脈で翻訳すれば、伝え方はこうなるべきだった。
「今のプロセスのまま進めると、3ヶ月後にスケジュールの遅延リスクがある。今の段階で小さく修正すれば、全体のスケジュールを守れる確率が上がる」。
同じ内容だ。でも、リーダーにとってのメリットを起点にしている。
「プロセスに問題がある」は、リーダーの判断を否定する言葉に聞こえる。「スケジュールを守れる確率が上がる」は、リーダーが求めているものを実現する提案に聞こえる。
内容は同じなのに、受け取り方がまるで変わる。
「やらない提案」が受け入れられた理由
一方で、まったく逆の経験もある。
記事20[※2]で紹介した「やらない提案」のエピソード[※2]。ある大きな会社に「今は動かない方がいい」と伝えた話だ。
コンサルが案件を自ら止めることになる。反発されてもおかしくない。でも、受け入れてもらえた。
なぜ通ったのか。
あのとき僕は、「やらない方がいい理由」を僕の視点ではなく、先方の視点で伝えていた。
「今動くと、トップの方針が決まったあとに全部やり直しになりますよね」。先方が最も避けたいこと——無駄なコストと手戻り——を起点にしている。
「やるべきではない」と「やると損をする」は、情報としては同じだ。でも、前者は僕の価値観で、後者は相手の文脈だ。
通る提案と通らない提案の違いは、内容の正しさではなく、相手の文脈で翻訳されているかどうかだった。
「説得」と「納得」の違い
ここで、一つの区別を明確にしておきたい。
「説得」と「納得」は違う。
説得は、こちらの正しさを相手に認めさせることだ。ロジックを重ね、証拠を示し、反論を潰す。力技だ。うまくいくこともある。でも、説得された側には「負けた」という感覚が残る。表面的には合意しても、心の中では抵抗が残っている。だから、実行段階でブレーキがかかる。
納得は、相手が自分で「そうだ」と感じることだ。こちらが提示した情報を、相手が自分の文脈で咀嚼して、「自分にとっても、これが正しい」と感じる。内側からエネルギーが湧く。だから、実行段階でも動く。
設計者が目指すべきは、説得ではなく納得だ。
もう少し言えば、説得は相手のWillを押さえ込む行為で、納得は相手のWillと橋を架ける行為だ。
均衡の設計[※3]で書いた通り、相手のWillを押さえ込むと、エネルギーが漏れる。短期的には動いても、長期的には消耗する。相手のWillと橋を架ければ、双方のエネルギーが流れる。持続する。
橋を架けるための三つの問い
では、具体的にどうやって相手の文脈に橋を架けるか。
僕がいつも意識しているのは、三つの問いだ。
① 相手が一番「怖い」と思っていることは何か?
人が動かない最大の理由は、たいてい恐怖だ。「失敗したらどうしよう」「今の立場を失うかもしれない」「チームに迷惑がかかるかもしれない」。
その恐怖を理解しないまま提案すると、どんなに正しくても「リスクが高い」としか聞こえない。逆に、「この提案は、あなたが怖いと思っていることを回避するためのものだ」と伝えれば、響く。
② 相手が一番「欲しい」と思っていることは何か?
恐怖の反対側に、欲求がある。「チームを成功させたい」「上からの評価を得たい」「楽になりたい」。
提案を相手の欲求と接続する。「これをやると、あなたが欲しいものに近づく」。これが橋の構造だ。
③ 相手にとっての「今」は何か?
同じ提案でも、タイミングで受け取り方がまるで変わる。相手が余裕のないときに提案しても、処理するリソースがない。相手が課題感を持っているタイミングで提案すれば、同じ内容でも「待ってました」になる。
センターピン思考[※2]と同じだ。打つべき一手だけでなく、打つべきタイミングも設計のうちだ。
「翻訳」は迎合ではない
ここで、一つ大事な注意がある。
「相手の文脈で伝えよう」と言うと、「相手に合わせて内容を変えろということか」と受け取られることがある。
それは違う。
内容は変えない。伝え方を変える。
提案の本質をねじ曲げることは、迎合だ。相手が聞きたいことだけを言うのは、お世辞だ。そうではなく、自分の提案の本質を保ったまま、相手の文脈でそれがどういう意味を持つかを伝え直す。
オレンジの話[※3]を思い出してほしい。Aさんに「果実が手に入る」と伝え、Bさんに「皮が手に入る」と伝える。どちらにも嘘はない。同じオレンジを、それぞれの文脈で翻訳しているだけだ。
翻訳とは、正しさを手放すことではない。正しさを、相手が受け取れる形に変換することだ。
正論が通らなかった自分へ
最後に、少し個人的なことを書きたい。
別の記事で、僕のキャリアに繰り返されていたパターンについて触れている[※4]。構造の問題を見つける。提言する。伝わらない。「やっぱり自分が正しかった」と確認する。
あのパターンの根っこには、この「翻訳」の欠如があったと今は思う。
僕は構造を見抜く力には自信があった。でも、それを相手の文脈で語り直す力が足りていなかった。正しいことを、正しい言葉で伝えればいいと思っていた。相手がその言葉をどう受け取るかまでは、設計できていなかった。
「正しかったのに伝わらなかった」のではなく、「伝え方が正しくなかった」のだ。
これに気づいてから、僕の提案の通り方は少し変わった。完全に変わったとは言えない。今でもつい、自分の視点で語ってしまうことはある。でも、「相手にとっての意味は何か」と一度立ち止まる習慣ができた。
納得のブリッジとは、自分と相手の間に「意味の橋」を架けることだ。それは、正論を武器にすることではなく、正論を贈り物に変えることだと思う。
