朝のルーティンが壊れた日
ある時期、僕には朝のルーティンがあった。
6時に起きて、コーヒーを淹れて、30分だけ自分の頭を整理する時間を取る。何を考えてもいい。仕事のことでも、人生のことでも、昨日見たVTuberの配信のことでも。とにかく、「誰のためでもない自分だけの30分」を一日の最初に置いていた。
これが、僕にとってのメンテナンスだった。
でも、ある案件が忙しくなったとき、この30分を「犠牲」にした。朝起きた瞬間からメールを開き、移動中にチャットを返し、30分の余白はゼロになった。
最初の数日は問題なかった。でも、2週間ほど経った頃、自分の判断の質が落ちていることに気づいた。部下の相談に対して、いつもなら「構造のどこにバグがあるか」を考えるのに、「それくらい自分で考えてほしい」と思ってしまっている。会議でも、本来なら一歩引いて全体を見るべき場面で、目の前の議題に反射的に反応している。
設計者としてのOSが、メンテナンスされていなかった。
あの30分は、贅沢な時間ではなかった。自分というシステムの冷却装置だったのだ。冷却装置を外したまま走り続ければ、オーバーヒートするのは当然だ。
第4部の振り返り
ここまで第4部では、「個人のハック」を扱ってきた。
自分をシステムとして見る[※1]。Willの真贋を見極める[※2]。認知のフィルターを点検する[※3]。定数と変数を峻別する[※4]。古い「べき」を降ろす[※5]。ホメオスタシスを味方につける[※6]。苦手はバイパスする[※7]。覚悟で質量を上げる[※8]。
たくさんの道具を紹介した。
でも、これらの道具を「一回使って終わり」にしたら、意味がない。
ジムに一回行っても筋肉はつかない。歯を一回磨いても虫歯は防げない。大事なのは、日常のリズムの中に組み込むことだ。
この記事では、そのリズムの話をしたい。
「意志の力」が要る時点で、設計ミス
「頑張る」が必要なのは、基準点が移動するまでの移行期だけだ。 基準点が移動したら、あとはホメオスタシスが勝手に維持してくれる。歯を磨くのに意志の力が要らないのと同じだ。
セルフマネジメントも同じ構造だ。
「自分を振り返らなきゃ」「メンテナンスしなきゃ」と意志の力で自分を駆り立てている時点で、それはまだ「仕組み」になっていない。
意志の力が要る時点で、設計ミスだ。
目指すべきは、自分のメンテナンスが「やらないと気持ち悪い」レベルまで日常に溶け込んでいる状態。歯磨きと同じように、やることが当たり前になっている状態だ。
感情を「データ」として実況中継する
では、具体的に何をすればいいか。
僕が最も有効だと思っているのは、感情をデータとして扱う習慣だ。
「今日、ちょっとイライラした」。
この感情を、二つの受け取り方ができる。
一つは、「自分はまだまだ未熟だ」と自分を責める。もう一つは、「このイライラは、何のバグ報告だろう?」とデータとして観察する。
後者が、設計者のメタ認知だ。
イライラした。それは事実だ。でも、なぜイライラしたのか。何がトリガーだったのか。自分のどの「べき」が刺激されたのか。
「部下が同じミスを繰り返した」→ イライラ。これを分解する。
本当にイライラしているのは、部下のミスそのものか? それとも、「自分がちゃんと教えたのに」という期待が裏切られたことか? あるいは、「また自分が巻き取らなきゃいけない」という構造への疲弊か?
こうやって分解していくと、イライラの奥にある構造のバグが見えてくる。引き継ぎの仕組みが不十分なのかもしれない。教え方を変える必要があるのかもしれない。そもそもその仕事は部下に向いていないのかもしれない[※7]。
感情は、自分というシステムからのバグ報告だ[※9]。バグ報告に怒る必要はない。原因を特定して、構造を直せばいい。
しんどさは「センターピンがズレている」というギフト
もう少し踏み込もう。
日常の中で、ふと「しんどいな」と感じる瞬間がある。
それは、ぼんやりした不調だ。明確な原因があるわけではない。でも、なんとなく重い。なんとなく楽しくない。なんとなくエネルギーが出ない。
多くの人は、この「なんとなく」をやり過ごす。忙しいから。考えても仕方ないから。みんな同じだから。
でも、設計者はこの「なんとなく」を見逃さない。
しんどさは、センターピンがズレているという自分からのギフトだ。
記事20[※10]でセンターピンの話を書いた[※10]。組織の中で最もインパクトのある一点を見つける、と。
自分自身にも、センターピンがある。
今、自分のエネルギーを一番奪っているものは何か。それは仕事の内容か。人間関係か。睡眠不足か。Willに沿っていない時間の使い方か。
「なんとなくしんどい」を分解していくと、たいてい一つか二つの「ズレ」に行き着く。そのズレがセンターピンだ。そこを直すだけで、エネルギーが戻ってくる。
しんどさを無視するのではなく、贈り物として受け取る。 それが、自分というシステムをメンテナンスするということだ。
軽量なリチュアル
ここまで読んで、「感情を分析して、センターピンを見つけて……それって大変じゃないですか?」と思ったかもしれない。
安心してほしい。毎日1時間のセルフコーチングをやれ、という話ではない。
大事なのは、軽量であることだ。
僕自身がやっていることは、本当にシンプルだ。
朝の30分。これは先ほど書いた通り。コーヒーを飲みながら、今の自分の状態を「ぼんやり」眺める。何かが引っかかっていたら、それを言語化してみる。引っかかっていなければ、そのまま好きなことを考える。
一日の終わりの「バグ報告」。寝る前に、今日一日を振り返って、「自分のシステムがバグを出した瞬間」がなかったか、さっと確認する。イライラした場面。モヤッとした場面。逆に、妙にエネルギーが出た場面。それを頭の中でメモするだけでいい。
これだけだ。ノートに書いてもいいし、書かなくてもいい。形式にこだわるのは、手段が目的化する罠に陥る[※11]。
大事なのは、完璧にやることではなく、途切れても戻れることだ。
忙しい時期に朝の30分が消えることもある。バグ報告を忘れて寝落ちする日もある。それでいい。数日後に「あ、最近やっていなかった」と気づいて、また戻ればいい。
設計者のリズムとは、完璧な規律ではなく、ズレたら戻る「復元力」のことだ。
「自分を監視する」のではなく「自分を愛でる」
一つ、大事な注意がある。
セルフマネジメントの話をすると、「自分を厳しくチェックする」イメージを持つ人がいる。
管理。監視。点検。ダメ出し。
それは、このシリーズの思想と正反対だ。
記事01[※12]で「自分を大切にしていい」と書いた[※12]。記事02[※9]で「自分を責めるのではなく、デバッグする」と書いた。
セルフマネジメントも同じだ。
自分というシステムを、ダメ出しするのではなく、愛でる。
「今日、自分はこういう状態だったんだな」と、冷たくジャッジするのではなく、温かく観察する。「しんどかったけど、ここまで走ってきたな」と、労うような目で見る。
自分に厳しい人ほど、セルフマネジメントを「自己監視」に変えてしまいがちだ。でも、それは記事30[※1]で書いた「ダメな自分を直す」という古いOSの延長線上にある。
設計者のセルフマネジメントとは、自分というシステムを愛でながら、日々微調整することだ。
仕事と人生の「境界線」は幻想かもしれない
最後に、一つだけ。
ここまで第4部では、「個人」のハックを扱ってきた。第3部では「組織」のハックを扱った。
でも、こうやって自分のメンテナンスを日常に組み込んでいくと、ある感覚が生まれてくる。
「仕事の自分」と「プライベートの自分」を分けること自体が、不自然なのではないか。
仕事でイライラしたことが、家に帰っても消えない。プライベートの充実が、仕事のパフォーマンスを上げる。朝の30分のメンテナンスは、仕事のためでもあるし、自分の人生のためでもある。
自分というシステムは一つしかない。そのシステムの上で、仕事も、家庭も、趣味も、人間関係も動いている。
仕事と人生を分けて考えること自体が、実は構造上の思い込みかもしれない。
次の第5部では、この境界線を溶かす話に入る。個人と組織を分けるのではなく、一つの「全体系」として統合する。エゴの壁を構造で溶かし、WillとNexusが摩擦なく流れる状態を設計する。
でも、その前に。
今日の帰り道に、一つだけ自分に聞いてみてほしい。
「今、自分のシステムは、どんな状態だろう?」
答えがすぐに浮かぶなら、あなたのメタ認知は動いている。浮かばないなら、それ自体がバグ報告だ。自分の状態を感知するセンサーが、ちょっと埃をかぶっているかもしれない。
大丈夫。埃を払うだけでいい。壊れてはいない。
自分を愛でながら、淡々と、微調整し続ける。 それが、設計者のセルフマネジメントだ。
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